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歩の価値

歩は駒の大きさが一番小さいし、数も多く(18個もある)、スタート時は自陣の最前線に横一列に配置されるので、安っぽいイメージがあります。

将棋の駒の動かし方 ① で説明しましたとおり、歩は一手につき、前にひとつしか進めませんので、他の駒と比較して機動力も低いです。

相手の飛車や角を取るとうれしいですが、歩を取ってもあまりうれしくないです。相手に自分の歩を取られても痛くないですが、飛車や角を取られると大慌てしてしまいます。

歩と金の両方が取れる状況になったら、金を取ることが多いですし、歩と金の両方が取られる状況になったら、金を逃がすことが多いでしょう。

こう見ると、歩の価値は低いと言わざるを得ません。力もなく、数も多くどこにでもあるので、魅力がない感じでしょうか。どこにでもあるという意味では、水道から出る水のようなイメージです。

同じものでも価値は変わる

歩は自分が動かす限りは価値が低いですが、将棋はチェスや囲碁と異なり、取られた駒は相手のものになり、再度使うことができるので、相手に取られることまで考えると歩の価値が出てきます。

例えば、”金底の歩岩よりも固し”という将棋の格言があります。スタート時、金は自陣最下段に配置されますが、金は後ろにも進めるので、一段上にあげて、その下に歩を打っておくと、守りが固くなるという意味です。相手の飛車に横から攻められても、金と歩が縦に並んでいれば防御できます。飛車で金を取られても、前に進める歩で飛車を取り返すことができますし、飛車で歩を取られても、後ろに進める金で飛車を取り返すことができます。

前に進める駒は歩以外にもあるので、例えば、金の下に銀を置いてもよいのですが、これではうまみが減ります。攻めでも有効に使える銀を守りに使ったら、攻め手が減りますし、歩より様々な動きができる銀なら、相手は飛車を切って銀を取る可能性があります。飛車を犠牲にして銀を得て、その銀で攻めを繋いでくるかもしれません。金の下に銀ではなく歩を置いていれば、相手は飛車を切ることに躊躇するでしょう。飛車と歩の交換ではつり合いません。歩を取っても、歩は前にひとつしか進めないので、攻めが続かないでしょう。

相手に取られることまで考えると歩の価値が分かります。つまり、歩は価値が低いから価値がある。 歩を犠牲にして、うまくさばくことが大事です。

前に一つしか進めないのが歩ですが、駒の中で最も手筋(テクニック)の種類が多いのも歩なのです。

歩が上手に使えるようになれば棋力も自然に向上すると言っても過言ではありません。

金や銀でしっかりと位を確保している状態の事を厚みと言うのですが、持ち駒に歩がたくさんあるだけでも厚みと言えるのです。

“歩のない将棋は負け将棋”と言いますがプロは一歩を使うのにとても神経を使って考えています。

その時点で歩がたくさんあったとしても後の局面で一歩が大きな分かれ道となる事を経験則としてよく知っているからです。

引用元:将棋は歩から 羽生善治 将棋棋士

”一歩千金”という格言もあります。

一歩千金 (いっぷせんきん)

歩でも局面によっては、金以上の必要性を示すこともある。だから、たかが歩と簡単に考えてはならないということ。

引用元:将棋の格言 ウィキペディア

生かせるところで使う

各駒の能力・持ち味を把握し、生かせる場面で使うことが重要です。「飛車と角はどっちが強いか」といった議論がありますが、ケースバイケースとしか言えないですよね。駒に優劣はないです。

前述の水にしても、日本では飲める水が蛇口をひねれば出てくるし、水道代は安いので、価値を感じにくいですが、砂漠に水を持っていったら高く売れると思います。スキー場の高いカレーも食べてしまいますし、花火大会で売っている高いジュースも買ってしまいますよね。ゴールデンウィークの高い旅行も行ってしまいます。

職場でも、同じ人が、ある上司からは「いちいち納得しないと進められないのか」としかられ、別の上司からは「ひとつひとつ仕事の目的を確認してから進めることはいいことだね」とほめられる。相手(上司、顧客)の期待・ニーズに応えているかどうかがポイントです。スキルが高いほうが期待に応えられる確率は高いですが、それだけが全てではないです。性格が合うといった要素も重要です。

スキルは鍛えられますが、性格はなかなかどうしようもありません。理不尽かもしれないですが、これを理解して行動したほうがうまく行く気がします。性能などは客観的に計れますが、価値は人それぞれの主観から来ます。とりあえず仲良くなれば、同じものでも高く買ってくれるかもしれません。馬が合う人が見つかったら、ガッチリつかみたいですね。

医者、会計士、弁護士、コンサルタント、デザイナーなどが提供するプロフェッショナルサービス(商品とは違い、買う前にモノ・成果が分からないもの。サービスを受けてみないと分からないもの)の価値は、商品の価値より変わりやすいです。

例えばコンサルタントには、新しいビジネスアイディアを出してくれることを期待して、クライアントは高い金を払うような気がしますが、実際には情報を加工・整理しているだけで高い報酬を得ているコンサルタントもいます。自分より年上のベテランコンサルタントからアドバイスを受けることを嫌い、自分達と一緒になって考えてくれて、自分達の脈絡のない議論を整理してくれる若いコンサルタントを望むクライアントもいます。

ソリューションドリブンではなくクライアントドリブン。自分のできること・得意なことを見せびらかしても価値はなく、相手の期待に応えることが大切です。余程すごいソリューションなら別ですが、それができる人は一握りでしょう。新しいビジネスアイディアでなくても、すでにある他社事例に価値を感じるクライアントもいます。

自分では強みでないと思っているものに対して相手が価値を感じることもあります。古く使わなくなった日本車がアジアの新興国で歓迎されていますし、機能の少ないガラケーが高齢者に喜ばれています。

同じものでも、ビジネスなら、クライアントや市場により価値が決まり、将棋の駒なら、局面により価値が決まります。この場面では角ではなく歩があったら守れるのに、といったケースがありますよね。

歩をうまく使えるようになって将棋が強くなりたいです!

選ばれるプロフェッショナル ― クライアントが本当に求めていること

 

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